*VDTからの電磁波のコーナー(6)
VDTに近接した場合の30MHz以上の高周波電磁界の強度の推定
2000年12月にまとめたメモ このWEBに公開:2013-7-6
テーマ:VDTからの近傍電磁界強度の推定
1.はじめに
VDT (Visual Display Terminal;表示装置の意味)から放射される30MHzを超える電磁界に対して、OA環境というVDTから近接した場所における電界強度値を、数値計算を用いて推定した。
2.電波領域の電磁界
2-1.VDTからの電磁界漏洩の規制
筆者の報告1)にあるように、VDTからは電波領域(10KHzから300GHzの周波数範囲)の電磁界が非意図的に放射される。
これはVDTに限らず、あらゆる電気製品や電子製品からは何らかの形で微小であるが、非意図的な電磁界の漏洩がある。
VDTは、パソコンからの高周波で広帯域な映像信号を受けて増幅し、最終的に可視光として画像やテキスト表示を行う。
この映像周波数帯域は、例えば70MHzから175MHzが主であるが、更に高い周波数も、これより低い周波数も含む。
これら高周波映像信号の周波数帯は東京タワーからTV放送電波として空間を伝わってくる電波(電磁界)の周波数と同じである。
非意図的に漏れ出る機器からの電波が、意図的に電波を送信し、受信を行っている電気通信に障害を起こすことになりかねない。
そこで、これらの機器からの電波漏洩が規制されている。
アメリカでは1980年からコンピュータ機器(VDTに限定されない)からの電波漏洩の最大値を定めるFCC
(Federal Communication Committee;連邦通信委員会)規制を始めている。
日本では1987年からVCCI(情報処理装置等電波障害防止協議会)という自主協議会の規制2)という形で、コンピュータ機器(同じくVDTに限定されない)からの電波漏洩の規制を行っている。
これら空間への電波漏洩の規制対象となる周波数範囲は30MHzから1GHzもしくは3GHzまでである。
図1に、ICNIRP(国際非電離放射線防護委員会)が提唱する電磁界曝露限度値(一般公衆向け)3)と、産業衛生学会の許容基準4)に合わせて、VCCIの規定を示した。VCCI-1としたカーブは、VCCIのクラス1(他の通信機器への影響度が少ないので、電磁界放射が多少多くてもかまわないとした商工業地域で使用されるコンピュータ機器を対象とした規定)機器からの漏洩電界限度値で、機器から10m離れた場所での電界強度で規定されている値を、1mの距離に単純換算した値を示す。
30MHzから230MHzの周波数範囲では、0.9mV/m、230MHzから1000MHzの周波数範囲では、約2V/mの電界が放射限度値となる。
(VCCIクラス1の規定の条件である10mの距離では、周波数が30MHzから230MHzで電界強度100μV/m、230MHz以上の周波数で223μV/mが限度値となる)。
アメリカのFCCの規定も微細な差異はあっても、本稿の論議の範囲ではこのVCCIの規定に同準である。
図1にはVDTからの輻射の例も示した。電界強度の大きさは1mの距離に換算して100μV/m程度である。
VDTからの電界放射は、あくまでも通信への障害防止をねらい、機器から3mや10m離れた距離で規制されている。
OA作業は機器に近接して行うので、近接した場所での電界強度の推定を行った。詳細は、次項に述べる。
2-2.近傍電磁界の数値解析
電磁界の検証は実測によることもできるが、数値解析によって計算することも可能である。
米国政府研究機関で開発された電磁界の解析の為の「NEC」もしくは「MININEC」と呼ばれる数値解析ツールが公開されており、これを基に無線アンテナ解析ソフトが多数開発されている。その中の一つ「EZNEC」というソフトを使用して、VDTの近傍における電磁界強度の計算を行った。
CRT(Cathode Ray Tube)を用いたVDTでは、CRTの電極を電圧ドライブするために、50Vp-p程度の映像信号電圧を増幅器で得る。
この電圧が最も大きい高周波電圧である。
こうした個所に10cm、5cm、2.5cmの長さで、直径0.5mmのモノポールアンテナ(垂直アンテナ)が接続されているとして、EZNECで計算を行った。
周囲に電磁界を反射する大地も金属もない自由空間とし、周波数は30MHzから300MHzで行った。
電界は10mの距離で223μV/mに規制されているので、10mで約223μV/mとなる高周波電力を送信アンテナに印加し、VDTから10mから10cmの距離での電界強度を計算した。
また、VDTでは高周波電流がループ状に流れる個所もあるので、ループアンテナとしても考えなければならない。
この為に、1辺2cmと1辺4cmの四角な微小ループアンテナを想定した。同様に10m先で約223μV/mの電界となるように送信ループアンテナに適切な電力を印加した。
2-3.数値解析結果
表1にその解析結果の概要を示す。
モノポールアンテナの場合は、アンテナに印加する電力は周波数やアンテナの長さには殆ど変わらず、0.1μWであった。
ループアンテナでは、周波数が低くなれば、またサイズが小さくなればアンテナとしての放射能力が低下し、比較的大きな電力を印加する必要がある。
表1からは周波数が同じであれば、アンテナの種類や大きさによらず、ほぼ一定の電界が放射されることが判る。
表1の中に赤字で示したデータは、解析の限界に近くなっており、誤差が大きいと思われるデータである。
周波数が低く、波長が長くなった時に、相対的に送信アンテナが小さくなりすぎると解析に限界が発生する。
電気通信用送信アンテナは送信能率を重視している。本稿で解析したアンテナは、送信アンテナとは言えず、送信能率の悪いものである。
非意図的な放射と言われる所以であり、送信アンテナの解析ソフトの解析限界に近い。
図2に5cm長のモノポールアンテナからの電界放射を、図3に4cm
x 4cm角のループアンテナからの電界放射のカーブを例示する。
10mから1mの距離までは電界強度は距離に逆比例し、遠方界と呼ばれる領域である。
1mより近い距離では、距離の3乗に逆比例し、近傍界と呼ばれる領域である。
近傍界と遠方界の境目はアンテナの種類や大きさによって異なる。
この例では表2に示すように、各周波数の1/(2π)波長(波長の0.16倍)の距離となっていることが判る。
実際の機器では、波源としてのアンテナは筐体(エンクロージャ、商品の外殻、ケースのこと)の内部に筐体から更に奥まって収まっているが、ここでは最悪のパターンで波源は筐体面にあるとしてある。
1mの距離では50MHzを超える周波数では遠方界とみなすことができ、電界強度は10m先で規定されている規制値から簡単な比例計算で求めることができる。
そして電界強度は0.01V/mを超えない。
50cm程度のOA作業環境下では、近傍界となり、電界強度は距離の3乗で急速に増加するが、30MHz以上の周波数では0.1V/mを超えない。
10cm程度までの至近距離で作業する可能性のある視覚障害者などの曝露条件では、100MHz以上の周波数帯では1V/mを超えないが、30MHzといった比較的周波数が低いと5V/m程度の曝露となる。
(但し、VCCI等の規定はこうした低い周波数では漏洩を半分以下に抑えているので、実際は数2.5V/m程度の曝露となる。)
表1:数値解析結果の纏め |
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||||||
周波数 |
|
送信電力 |
各距離における電界強度 V/m |
||||||
MHz |
アンテナ |
W |
10cm |
50 cm |
1m |
10m |
|||
300 |
モノポール10cm長 |
|
|
|
|
|
|||
|
モノポール5cm長 |
0.0000001 |
0.04715 |
0.00397 |
0.00206 |
0.00021 |
|||
|
モノポール2.5cm長 |
|
|
|
|
|
|||
|
ループ4cmx4cm角 |
|
|
|
|
|
|||
|
ループ2cmx2cm角 |
|
|
|
|
|
|||
200 |
モノポール10cm長 |
0.0000001 |
0.08795 |
0.00379 |
0.00204 |
0.00021 |
|||
|
モノポール5cm長 |
0.0000001 |
0.10673 |
0.00378 |
0.00203 |
0.00021 |
|||
|
モノポール2.5cm長 |
0.0000001 |
0.10973 |
0.00376 |
0.00202 |
0.00021 |
|||
|
ループ4cmx4cm角 |
0.0000020 |
0.10133 |
0.00380 |
0.00204 |
0.00021 |
|||
|
ループ2cmx2cm角 |
0.0000100 |
0.11009 |
0.00388 |
0.00208 |
0.00021 |
|||
100 |
モノポール10cm長 |
|
|
|
|
|
|||
|
モノポール5cm長 |
0.0000001 |
0.43596 |
0.00399 |
0.00190 |
0.00021 |
|||
|
モノポール2.5cm長 |
0.0000001 |
0.44086 |
0.00398 |
0.00189 |
0.00021 |
|||
|
ループ4cmx4cm角 |
0.0000100 |
0.43560 |
0.00406 |
0.00192 |
0.00021 |
|||
|
ループ2cmx2cm角 |
0.0001250 |
0.43798 |
0.00386 |
0.00182 |
0.00020 |
|||
50 |
モノポール10cm長 |
0.0000001 |
1.52035 |
0.01350 |
0.00200 |
0.00021 |
|||
|
モノポール5cm長 |
0.0000001 |
1.75691 |
0.01356 |
0.00215 |
0.00021 |
|||
|
モノポール2.5cm長 |
0.0000001 |
1.76933 |
0.01355 |
0.00213 |
0.00021 |
|||
|
ループ4cmx4cm角 |
0.0001500 |
1.69079 |
0.01315 |
0.00194 |
0.00020 |
|||
|
ループ2cmx2cm角 |
0.0060000 |
1.74668 |
0.01291 |
0.00200 |
0.00020 |
|||
40 |
モノポール10cm長 |
0.0000001 |
2.15138 |
0.02203 |
0.00268 |
0.00021 |
|||
|
モノポール5cm長 |
0.0000001 |
2.74808 |
0.02216 |
0.00265 |
0.00021 |
|||
|
モノポール2.5cm長 |
0.0000001 |
2.77118 |
0.02699 |
0.00261 |
0.00021 |
|||
|
ループ4cmx4cm角 |
0.0001250 |
2.72462 |
0.02185 |
0.00264 |
0.00021 |
|||
|
ループ2cmx2cm角 |
0.0150000 |
2.77786 |
0.02106 |
0.00257 |
0.00021 |
|||
30 |
モノポール10cm長 |
0.0000001 |
4.24122 |
0.04000 |
0.00461 |
0.00021 |
|||
|
モノポール5cm長 |
0.0000001 |
4.87546 |
0.04024 |
0.00509 |
0.00021 |
|||
|
モノポール2.5cm長 |
0.0000001 |
4.92526 |
0.03987 |
0.00538 |
0.00021 |
|||
|
ループ4cmx4cm角 |
0.0028000 |
4.74656 |
0.03922 |
0.00450 |
0.00020 |
|||
|
ループ2cmx2cm角 |
0.1600000 |
5.02549 |
0.03919 |
0.00749 |
0.00020 |
|||
|
注:空欄は解析データ無し |
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注:赤字は解析限界に近く誤差が大きいデータ |
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表2:周波数と波長、近傍界と遠方界の境界 |
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周波数 (MHz) |
波長(m) |
遠方界との境目 波長の1/2π長(m) |
|
1,000 |
0.30 |
0.048 |
|
500 |
0.60 |
0.096 |
|
300 |
1.00 |
0.159 |
|
200 |
1.50 |
0.239 |
|
100 |
3.00 |
0.478 |
|
50 |
6.00 |
0.955 |
|
40 |
7.50 |
1.194 |
|
30 |
10.00 |
1.592 |
|
3.考察
電磁界発生源の近傍における電界強度の評価は、実測では測定アンテナと波源の直接結合の可能性があったりして十分な評価は行われておらず、またシミュレーションによる解析も殆ど行われてきていない。
遠方界で規定されている高周波電磁界規制から近傍界の推定を、数値解析を用いて行った。
VCCI等では10m先に置いた測定用受信アンテナに到達する電界は、機器からの直接波と大地から反射して重なり合う状態で規定されている。
本稿の解析は、大地反射の無い条件に設定してあるので、実際の曝露に関して言えば、最大2倍過剰に評価していることになる。
30MHzで0.1mの距離で約5V/mという解析結果は、この過剰評価と、10m先の電界強度が223μV/mではなく、100μV/mであることを勘案すれば、1V/m程度の電界強度曝露となる。
これが、VDTからの最大電界曝露値となる。周波数が30MHzより高くなれば、曝露電界値はさらに小さくなる。
2-1項で、10mや3mの距離で測定されたデータや基準値を1mに換算した。これは2-3項にあるように、1mまでは距離に逆比例していることから、換算が可能なことが裏付けられている。更に近距離での電界値に換算することは容易ではないことが判る。
4.結論
VDTからの漏洩電磁界の中で、周波数を30MHzより高い帯域に限定して言えば、VCCI等の電波障害防止規制に合致している場合は、機器に近接して行うOA作業でも、電磁界曝露はICNIRPや産業衛生学会の許容基準を十分に満足している、ということができる。
TV受信機などへの通信障害は起こりえるが、これは健康問題と別である。
文献
1) VDTからの電磁界の実態(2) 産業衛生学会雑誌に寄稿中<掲載済み>
2) VCCI規定.付則1;技術基準(第9版).東京:情報処理装置等電波障害自主規制協議会.1994
3) Guidelines for limiting exposure to time-varying electric, magnetic, and
electromagnetic fields (up to 300 GHz). International Commission on
Non-Ionizing Radiation Protection 1998
4) 日本産業衛生学会.許容濃度等の勧告(2000).産業衛生学雑誌,42.
P152-154, 2000