低周波磁界に個人はどのくらい浴びているか、 何から浴びているのか? 低周波磁界と小児癌の疫学研究に関する疑問点など
*低周波磁界曝露の調査結果から疫学研究に関する提案:
対象とした電磁界発生源は主要な曝露源か?
ミマツ社発行「EMC」誌 2001年5月5日発行号に掲載したBEMSJの論文の少し詳しい内容です。
詳細は原文を入手して、全文を読んでください。
1.始めに
電磁界(同義語で電磁波という用語もある。ここでは電磁界という用語に統一した。)の生体影響に関しては、過去数十年にわたって世界各国で研究が行なわれてきている。研究者だけではなく、電磁界の健康影響に不安を感じる一般の人の関心も高まっている。そうした研究は、疫学研究であり、細胞を対象とした研究であり、マウスやラット、さらには比較的大きい動物を対象に研究が行なわれ、一部ではボランティアの協力を得て人体実験さえも行われている。
多くの電磁界曝露に関する疫学調査結果が報告されており、電磁界の健康影響の研究を牽引しているという向きもある。現在進行中(今後行なわれる)の携帯電話からの電磁界と健康影響に関する疫学的研究を除けば、過去の研究の多くは50 Hzや60 Hzを中心とした低周波磁界への曝露を対象としたものである。
疫学研究報告からはそれらの磁界曝露と、脳腫瘍、白血病、乳がんとの関連が示唆されている、またそれを否定する疫学研究報告もある。疫学研究の不備を突く論文もある。いまだに結果の一致を見ることができないのが、電磁界の生体影響に関する研究の問題点である。
低周波電磁界曝露に関しては、住環境における高圧送電線由来の磁界に着目した疫学研究と、職業に関連した曝露を対象とした研究が行われてきた。それらの疫学研究では電磁界への曝露評価に磁界と発がんの疫学研究に提案されたワイヤーコードを用いたり、職歴や職位から磁界曝露量を推定したり、理論的な推定を行なったり、もしくはサンプリング調査であるが実測を行なったりしている。
ある職業的な電磁界曝露を対象とした疫学研究の結果では、電気もしくは電子機器産業に従事する人は職場的な電磁界曝露によって、一般大衆に比べて特定のがんの危険率が増加していることが報告されている。住環境下における電磁界曝露に関しても送電線由来の低周波磁界に注目し、成人を対象とした疫学研究もあるが、多くは小児を対象として疫学研究が行なわれ、白血病もしくは脳腫瘍という特定のがんの危険率増加が報告されている。
多くの疫学的研究報告を読んで最も強く感じることは、それぞれの疫学研究で研究対象とした電磁界発生源からの曝露が、研究対象集団にとってドミナント(Dominant:主要な)発生源になっているか否かに関する記述が殆ど無いことである。
現代の生活空間では、大なり小なり色々な電磁界を常に受けている。自宅における近在の高圧送電線由来の低周波磁界と発がんの関連を調査する疫学研究を行なうのであれば、研究対象集団に属する個々人が受ける磁界曝露は、24時間の生活の中で、主要な発生源は送電線由来の磁界であり、その他の曝露、すなわち家庭電気機器からの磁界曝露、通勤時の磁界曝露、職場での磁界曝露があったとしてもそれらは全て無視できる位に低いことが確認されていなければならない。もしくは症例と対照が共に等しく曝露されていることを確認されなければならない。
この報告の基になったデータは、比較的大きな規模で実施した調査(社団法人 日本電子工業振興協会(現在、日本電子情報技術産業協会に改組)のVDT対策専門委員会(現在、EMF・表示装置専門委員会に改称)で、電子情報機器産業会社の従業員を対象とした24時間低周波磁界への曝露実態調査である。
1995年から1996年にかけて調査が行なわれたが、結果の全容はまだ公表されていない(一部は文献1で公開されている)。この報告は一部のデータ、一人の被験者の曝露データを基に解析を行なったものであり、限定したデータを基にしてあるが、電磁界に関する疫学研究の手法に関して問題提起を行なうことを主眼として纏めた。
24時間連続して低周波磁界への曝露記録をとり、何が24時間電磁界曝露において主要な曝露源(発生源)であるかを解析して求めようとした。
被験者M(筆者自身である)は15年以上、コンピュータ関連機器メーカに勤務していた。従って、もし電気・電子機器メーカの従業員を対象とした職場での磁界曝露との疫学調査が行なわれるとすれば、研究対象集団に属してもよいことになる。同時に自宅から350
mほど離れた所に東京都心へ電力を供給する高圧送電線がある。5年前までは送電線電圧は50万ボルトであったが、鉄塔は改築されて現在は100万ボルトに昇圧されている。世界でも最も高い送電線電圧である。ここに15年ほど住み、子供2人は何事もなく成人に達している。この条件から、もし高圧送電線由来の磁界と健康の疫学調査を行なうとなれば、女房を含めて4人の家族は研究対象集団に含まれても良いことになる。
被験者Mにとって主要な低周波磁界曝露は職場での曝露か、自宅における送電線由来の磁界かを判定しなければならなくなる。
2.調査方法
電磁界曝露計を準備した。
この曝露計はField Dosimeter 3 (FD3)と呼ばれるスウェーデンのCombinova社製で、低周波磁界を測定し、内臓のメモリにデータを収納できるようになっている。X,Y,Zの3軸コイルで測定し合成した値(空間実効値)を指示し、重量が290グラムと軽い可搬型で、電池で駆動する。
10秒間隔で測定したデータは連続24時間分を内臓データメモリに保存できる。測定周波数範囲は20
Hzから2 kHzまでで、10 nTから95 mTまで測定が可能、精度は20
℃で+/-
5%である。データを取り込んだ時点での値なので、個々の曝露における周波数スペクトラムは測定ができない。
この曝露計を24時間連続して、腰のバンドに吊り下げて携帯した、但し、夜間に寝る時は枕もとに置き、風呂に入る時は脱衣所に置いた。メモリされたデータは毎日パソコンにデータを吸い上げ、事後の解析に備えた。同時に日々の行動記録を残し、いつどこにいた時の磁界曝露であるかを時間で判定できるようにした。
パソコンに取り込まれたこれら連続24時間のデータは、100に分割された(従って1分割区間は約14分のデータ集となり、10秒間隔のデータが86個入ることになる)。区間毎に最大値、最小値、平均値の算出を行なった。更に累積曝露量を<μT・Hour>で算出し、24時間の平均値等も算出した。その後、データは3つのカテゴリに分類して解析した、即ち職場(業務での外出を含む)での曝露、家庭での曝露、通勤時における曝露である。
疫学調査における磁界曝露評価には、EMDEX等の磁界曝露計が使用されるケースが多く、報告書によく見かける。この調査は、職場における磁界曝露の把握、OA機器からの磁界曝露の把握を狙って始めたものである。OA機器(VDTを含む)からの低周波電磁界の測定には1990年以来スウェーデンのMPR
Uガイドラインが有名であり、Combinova社はそうした測定機器のメーカであるので、VDT等からの磁界曝露測定に対しては信頼感があるとして、この会社の曝露計を選択した。写真1にその外観を示す。
写真1 測定器の外観
3.結果
24時間測定を合計11日間行なっている。
その中から通常の勤務状態であった日の磁界曝露状況を図1から図3(本WEBでは 図2と3は割愛)に代表例として示す。
また、図4には東京から大阪に新幹線を利用して出張した時の磁界曝露状態を示す。
図1は、11月8日午前10時に測定を開始し、24時間測定を翌日午前10時まで行なった結果である。
職場における低周波磁界曝露レベルは、殆どの時間がパソコンを使用した業務であるがかなり低く、12時の昼食時に職場の机を離れた時に短時間のピークがあるが、おおむね0.1μTを超えない。
午後9時に仕事を終え、帰宅の途に着く。約1時間半の電車による帰路では最大4.1μTの磁界曝露となっている。自宅での磁界曝露は0.1μTでほぼ一定である。
これは近在の高圧送電線からの影響とみられる。11月の上旬はさほど寒くも無く、電力需要はやや少ないのかも知れない。
その為に自宅での磁界曝露は0.1 μT程度に留まっている。
翌朝8時に出勤、少し大きい磁界を電車で受けてから会社に到着。出勤時の電車での曝露は最大で1μT程度である。
この日の24時間平均値は0.168μTであった。
また表1(本WEBでは割愛)には、家庭で、通勤時、職場での業務時、業務で外出時、24時間全体という各カテゴリ別に、平均値と最大値を算出して、まとめてある。
平均値でみると、家庭における磁界曝露は最小0.099μT、最大で0.284μTと変動し、10日間平均値では0.173μTである。この変動は東京での電力需要の大きさに関連していると考えられる。通勤時の磁界曝露は毎日同じ路線の電車に乗っているにも関わらず、乗る車両の型式や場所によってか、大きく変動している。平均値で見れば最小0.211μT、最大で1.006μTとなり、10日間の平均値は0.448μTとなる。どういう状態での電車に乗った時に大きい磁界を浴びるかという点までは、調査は行なっていない。
最大値で通勤時の磁界曝露を見れば、10日間の中の最小は1.54μT、最大は4.75μT、10日間平均では2.99μTとなる。
仕事で常にパソコンを使用しており、CRTモニタやLCDモニタを常用している。職場での磁界曝露をみると、24時間の中では非常に低い割合となっている。平均値でみれば、最小で0.014 μT, 最大で0.031μT、10日間平均では0.019μTである。瞬時的にはより大きい磁界に曝露している。
累積時間磁界曝露量(μT・Hour、以下μTHと略記する)を計算して、同じく表1に示してある。家庭における累積時間磁界曝露量は、10日間の平均では1.70μTHであるが、日々のデータでみれば0.744から2.643μTHと変動している。24時間合計の累積時間磁界暴露量の10日間平均値は3.383μTHであり、家庭での曝露が占める割合は29.9%から64.2%の間を変動し、平均では50.2%となる。
通勤時の累積時間磁界曝露量をみると、平均1.39μTH、最小0.869 THで最大2.674μTHとなっている。この平均値1.39μTHは24時間累積時間磁界値に対して41.1 %を占める。
業務での外出時を含む職場での累積時間磁界曝露量は、24時間累積時間磁界値に占める割合は低く、合算しても4.8 + 3.8 = 8.6 %に過ぎない。この割合は調査開始時には全く予想しなかったことで、むしろこの割合が大きいと想定して調査を開始している。
図5に示すように、統計的には24時間累積値と家庭での累積曝露とは相関係数が0.79と相関があることは認められるが、家庭での累積時間磁界曝露量は24時間累積値に対して占める割合は50.2%に過ぎないことも判った。同様に、通勤時の累積時間曝露量も24時間累積値と相関があるが、通勤時の累積曝露が占める割合は41.1%に過ぎない。不可分である。
従って、家庭での曝露も、通勤時の曝露も「累積時間磁界曝露量」で考える時は、共に単独では「主要な」曝露であるとは断定できない。職場での曝露は主要な曝露ではない。被験者Mにとっては、通勤時の電車での曝露と自宅での送電線由来の磁界曝露が合算されて、始めて主要な曝露(発生)源とみなすことができる。
24時間曝露累積値と特定の研究対象電磁界発生源とが相関が取れるだけでは不十分で、それが主要な曝露になっていることまで確認(もしくは推定)を行なわないと疫学調査における曝露評価としては不十分となる。
更に特記すべきことがある。新幹線を利用して大阪に出張した時の曝露状況は、通常勤務の時と明らかに異なるパターンを示している(図4参照)。
3月8日夜ホテルに宿泊、翌日午前10時にチェックアウト、午後4時15分頃までは、大阪日本橋の電気街でパソコン販売店を巡回(この時の曝露状態は図3に示した東京秋葉原の巡回と類似している。平均値は0.1 μT程度であるが、大きく変動している)、
大きな磁界曝露は東京への帰路の新幹線に乗っていた時に発生している。
大阪から東京まで約3時間の乗車で、最大値は26.0μT、平均値は2.19μTである。累積時間磁界曝露量は9.55μTHとなっている。この値は通常勤務時の24時間累計値の3倍を超える強さとなる。新幹線にはいくつかの車両タイプがあるが、タイプ名などは記録していない。
またFD3は周波数スペクトラムの分析は不可能な為に、新幹線における曝露磁界の周波数も不明である。
こうした調査結果から、個人にとって低周波磁界曝露の主要な曝露源は何かという疑問に対しては、複雑で、簡単には決定できないということが判った。
4.考察
今までに報告されている疫学研究での電磁界曝露評価に関して考察する。本調査では、個人の24時間電磁界曝露における主要な曝露源(発生源)は、家庭(近在する高圧送電線)か、通勤時の電車か、職場における作業、業務外出時の曝露であると決めることができなかった。当然職種を取り上げて、その職種名だけで24時間磁界曝露量を推定することもできなかった。
カロリンスカの研究として知られるFeytchingらの研究(1997)(文献5)として、成人のがん(白血病等)と住環境下及び職業曝露における磁界曝露との関係を示唆する疫学研究がある。
職場における曝露評価は腰に磁界曝露計をつけて個々の従業員の曝露状態を把握しているが、残念なことに、24時間の測定ではなく、勤務時間内の平均6.8時間の測定に限定されている。
従って1日24時間の中で、残る17.2時間の磁界曝露状態は研究に考慮されていない。
これら考慮外の時間に個々の研究対象集団員(症例でも対照でも)が受ける磁界曝露はより大きかったり、もしくは主要な曝露源であったりしたりする可能性がある。
同じくFeychtingらによる磁界曝露と小児がんの疫学研究(1993)(文献6)がある。
研究対象とした磁界は住環境における高圧送電線由来の磁界である。
この研究では磁界によって小児がんの危険率が増加していると結んでいる。この研究では磁界の実測も行なっているし、計算による推定も行なっているが、磁界発生源を送電線由来の磁界に限定している。
実測の時は各家に配電されている電力を大元のブレーカの所で切断し、各家庭におけるさまざまで変化に富む家庭電気機器を全て電源断の状態にして、各家庭における磁界を測定している。こうして測定した実測値と、送電線に流れる電流の大きさ、送電線と各家庭との距離などから計算で推定した磁界の大きさと相関が取れることを確認している。
ここでは、家庭電気機器や家庭以外で受けるかも知れない磁界曝露を全て無視している。
子供が例えば2歳以下であれば、24時間の殆どを家庭で過ごすであろう、従って2歳以下の小児にあっては、家庭での磁界曝露が主要な曝露と考えることができる。
3歳を超えたり、5歳を超えると小児の生活空間は自宅には限定されず、幼稚園や学校へ通学したり、外で遊んだりする時間が増加する。これら家庭外で過ごす5時間から6時間といった時間の磁界曝露を無視してよいか?確認が必要になってくるのは当然である。
小児を対象とした疫学調査でも、主要な曝露源が送電線由来の磁界であることを確認しなければ、得られた結果には疑問が残ることになる。
また、成人のがんと住環境下の送電線由来の磁界に関するFeychtingらの疫学研究(1994)(文献7)では、がんと診断されるまでの過去15年間にわたる累積磁界曝露量を指標としている。
そして、相対危険率の増加を検出している。脳腫瘍となった症例の59.6%は60歳より若い段階でがんと診断されている。白血病に関しては36%である。60歳より若いということは、少なくとも通常は家庭外の職場に勤務し、1日の半分は家庭外で暮らすことになる。そうなれば家庭での磁界曝露に限定されず、通勤や勤務先での磁界曝露の有無とその量が問題になり、家庭での送電線由来の磁界曝露が主要な曝露であることの確認が重要となる。
この研究報告には、主要な曝露源であることの確認に関する記述はなく、研究結果に疑問が残る。
磁界曝露評価を行なっているSchoenfeldらの研究(1999)(文献8)によれば、24時間曝露量と幾何平均値を計算した家庭での磁界曝露とのケンダル(Kendall)の相関係数は低く僅か0.20に過ぎない。相関が取れているとはいえない。
この研究では、同時に家庭での累積時間磁界曝露量が24時間累積曝露に占める割合を報告している(表2に示す)。
家庭での磁界曝露の占める割合が75%を超えた人は、全研究対象集団の45.2%であった。残る54.8%の人は、家庭での磁界曝露が主要な曝露源になっていない。
このことは、疫学研究の成果の信頼性に大きな影響を与える。表2には、原表の数字に加えて、筆者が計算した貢献度の数字が追加してある。家庭での曝露が占める割合75−100%(単純に平均して87.5%)の人が研究集団の45.2%ということから、0.875x0.452=0.3955から39.55%とし、以下同様に計算を行なって、この研究集団全体が家庭での磁界曝露の占める割合を推定した。
結果は63.6%である。従って残る34.4%の磁界曝露が、研究対象とする家庭における近在の送電線由来の磁界曝露から離れた交絡因子として働くことになる。このSchoenfeldらの研究は、少なくとも主要な曝露源であるか否かに関して検討を行なっており、正しい磁界曝露評価である。
表2: 研究対象磁界曝露への寄与度 |
||||
家庭での累積曝露が24時間累積曝露量に占める割合の分布 |
||||
家庭での磁界曝露の占める割合 (%) |
人数 |
割合% |
研究対象とする磁界曝露に対寄与度 |
|
<25% |
3 |
9.7 |
|
0.97% |
25-49% |
6 |
19.3 |
|
7.10% |
50-74% |
8 |
25.8 |
|
15.99% |
75-100% |
14 |
45.2 |
|
39.55% |
|
|
|
合計 |
63.61% |
注;Schoenfeld(1999)から太字体の部分を筆者が追加して作成 |
ノルウェーの送電線由来の磁界と小児がんとの関係の疫学調査に伴う事前曝露評価研究結果がVistnes ら(1997)(文献9)によって報告されている。
高圧送電線の近傍に住む小児の24時間磁界曝露を測定し、家庭における累積曝露が24時間累積の曝露量との関係を調査した。家庭での送電線由来の磁界は7歳から12歳の小児にとっては主要な曝露源であった。
送電線の50 m以内に住み,かつ電線から十分離れた場所にある学校に通学している小児にとっては、送電線からの磁界曝露が24時間曝露の中で74%を占めていた。この場合は明らかに送電線由来の磁界が主要な曝露源となっている。しかし、学校が送電線の近くにある場合、通学している小児にとっては、学校でより多くの磁界曝露を受けていた。従って、通学している学校における曝露量の把握が重要な要素になっている、と述べている。
ノルウェーでの送電線由来の磁界と小児がんの疫学研究結果は、Tynesらによって報告(文献10)されている。
この報告によれば、1965年から1989年までに、0−14歳でがんとなった小児532例から症例対照研究を行い、0.2μT以上の磁界曝露を受けている小児でも、白血病、脳腫瘍、リンパ腫ではリスクの増加は見られなかった。
多くの疫学研究では、交絡因子として、ベンゼンなどの化学薬品の取扱い、喫煙、アルコール類の飲用、等の要素に関しては検討を加えている。これらの交絡因子に関する記述のない研究報告はほとんど無い。
しかし、研究対象として考えている電磁界源が、研究対象集団の構成員にとって、主要な(ドミナント)曝露源であることを検証してあるという趣旨の記述を行なっている報告は少ない。ドミナントであることの検証が、疫学研究において、交絡因子への配慮と同程度に重要な点ではないだろうか。
大規模な疫学研究では、研究対象集団の全員(100%)の個人曝露を測定することは不可能となる。当然サンプル的に曝露評価を行なうことになる。もし、対象集団の50%の人が、24時間曝露の中の60%が研究対象曝露源(例:高圧送電線)からの曝露であることが確認されたとすれば、研究で把握している対象磁界曝露は、磁界曝露全体の30%に過ぎず、残る70%は研究対象のコントロール範囲外にあって、結果を誤らせる一因となってしまう。
これは、過去の疫学研究結果、問題があるとした研究と問題はなかったとした研究があって、研究成果の不一致となっている一因ではないだろうか。
そこで、提案であるが、疫学で結果の一致をみることができるように、衆議一致した結論を見出せるようにするために、1)研究集団の75%以上の構成員に対して、主要な曝露源を確定する。24時間の個人曝露を測定することは時間と費用がかかるが、何らかの手法で確認を行なう、2)そして、少なくとも24時間個人曝露に占める研究対象となる電磁界発生源による曝露が75%を超えることが確認すること、が肝要となる。こうすれば、75%x75%=56%で、半分を超える磁界曝露が、研究対象とした曝露源からのものとなり、どうにかコントロールされた研究となる。
このドミナントということを念頭において研究を行なえば、結果の一致のみられる疫学報告が可能となるであろう。過去の色々な疫学研究はこのドミナントな曝露源かという観点から見直しが必要かも知れない。
本調査結果から、被験者Mは住環境下の磁界曝露に関する疫学調査にも、職場環境に関連する疫学調査にも参加できないことになる。共に主要な曝露源ではなく、結果を誤らせる可能性があるからである。
職場における磁界曝露はかなり低いレベルであることが判ったが、これは、曝露計を腰に吊り下げたことが一因になっているかも知れない。職場ではパソコンは机の上にあり、机の上の機器と腰との間は比較的離れており、相対的に低い磁界強度が記録されている可能性もある。曝露計を装着した位置は、過去の疫学調査の例に倣った。
本報告は、1名の被験者のデータに基づいている。結論を出すのは早計ということもできるが、必ずしも全体像から乖離したものではない。
なぜならば、このデータの基になった調査結果は、筆者も共同口演者となって文献1で一部を公開している。測定総数が約600人日という規模の大きい調査で、主にVDT作業を行なっている会社の従業員を対象に、24時間連続磁界曝露を測定した。
結果は、1) 殆どの場合は通勤時に最大の曝露を受けている、2)
平均値は自宅での磁界で、高圧送電線との距離が影響している、3) VDTからの磁界の影響は見られなかった、4) これらから低周波磁界曝露量を特定するには、24時間の生活環境全体に注目する必要がある、となっている。
もし、将来日本で低周波磁界曝露と健康影響に関する疫学調査を行なうとすれば、磁界曝露評価に新幹線をはじめとする電車による磁界曝露を考慮する必要がある。新幹線も電車も一般的な交通手段である。
過去の送電線由来の磁界曝露と発がんの研究でのカットポイントは0.2μTや0.3μTである。この磁界を越えると発がんの危険度が増加すると示唆されている。本報告にある電車での磁界曝露はこれらのカットポイントの十倍以上である。
ある面から言えば、非常に大きな磁界を電車で受けていることになる。送電線以上の問題とさえ言うことができる。他方、見方を変えると、日本では過去数十年にわたって電車は利用されて来ている。それでは今までの研究で磁界と発がんの関連を示唆されている白血病、脳腫瘍、乳がん、リンパ腫などは日本では急激に増加しているのであろうか?発生しているのであろうか?もしくは電車にあまり乗らない他の国と比べた時に、これらのがんの発生率は異常に高いのか?こうした観点からの研究も課題として存在することになる。うまく研究すればよい結果が得られる。
これら電車での磁界曝露に関してはあらためて再度、厳密な曝露評価が必要である。筆者が2000年12月に新幹線に乗車した時にマニュアルで測定を行なったが、ひかりに乗車時(測定は東京から小田原間)は0.05μTから最大でも5μT、のぞみに乗車(京都から名古屋の間で測定)時は0.05μTから平均的には1ないし2μTであり、瞬時的な最大でも5μTと低めであった。
磁界強度を累積時間磁界曝露量か、平均値で考えるか、最大値/ピーク値で考えるかという問題もある。本調査では、最大値は、通勤時の電車で発生しており、職場でも住環境下でもなかった。これは電車通勤が多い日本の事情によるものかも知れない。
5.結論
現代の生活空間において多種多様な電磁界曝露は避けては通れない。個人の電磁界曝露を考えても非常に複雑で、如何なる発生源からどの程度の曝露を受けているかを明確にすることは難しい面がある。
電磁界の健康影響を考える時、科学的な知見を得るために、他の研究手法と並んで疫学研究も重要な役割を担っている。疫学をより有効な手段として利用する為には、研究対象とする電磁界発生源が、個々の研究集団構成員にとって主要な曝露源であることの確認が非常に重要となる。
本報告の調査結果では、24時間の電磁界曝露は多岐にわたる発生源からの曝露であり、主要な発生源を特定することができなかった。一例からではあるが、電磁界に関する疫学調査には、主要な曝露源(発生源)の特定が肝要であることが判った。
今後の電磁界に関する疫学調査において「主要な発生源の特定・推定」を研究計画に盛り込むことを願う。
6.文献
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